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神社にあるゴツゴツした岩山の正体は?

神社の境内には、社や御神木の他に、ゴツゴツした岩山があります。
この岩山の正体を、あなたはご存知でしょうか?

今でこそ、富士山には、自動車や観光バスなどを利用して、日帰りで行って・登ることができるようになりました。

しかし、江戸時代は、なかなかそうはいきません。富士山に登りたい!という気持ちがあっても、なかなか実現できないのが現実でした。

ですので、当時の人は「気持ちだけでも登ってみたい」という気持ちから、「仮想的な富士山」を作り上げることにしました。

それが富士塚と呼ばれるものであり、富士山を模して作られています。

それは現代でも受け継がれており、一度は見たことのあるであろう、神社にあるゴツゴツした岩山の正体が、「富士塚」だという訳です。

富士山は古代から霊山として崇められていました。今のように、登頂グッズが揃っていない江戸時代では、特に、3000m級の富士山の完全登頂は、過酷であり、その登拝が修行の一つとして利用されるようになりました。

富士山の登頂は、江戸時代庶民の憧れとなっていたのです。

富士塚のディテールが面白い

富士塚の高さは、2m〜15mと、塚の大きさがまちまちですが、そのディテールはしっかりと作り込まれています。

例えば、塚の表面には溶岩を配置し、頂上には富士山の土(現在は持ち帰り禁止です)を備え、登山道には各×合目に合目碑を建て、その象徴を配置しています。

建造者は誰?

富士塚の築造が広まった背景には、参詣の旅の互助会組織があり、そこで資金を出し合っていたと言われています。

そのような互助会組織として「富士講」という集団がおり、彼らが中心となり富士塚が築かれていったと言われています。
見出し:江戸七富士とは

富士塚は江戸時代を中心に数多く築かれ、東京には約60箇所の富士塚が残っています。

そのうち、代表的な7箇所の富士塚を「江戸七富士」とよばれています。

・品川(品川神社)
・千駄ヶ谷富士(鳩森八幡神社)
・下谷坂本富士(小野照崎神社)
・江古田富士(茅原浅間神社境内)
・十条富士(富士神社境内)
・音羽富士(護国寺境内)
・高松富士(富士浅間神社境内)

富士塚の中には、毎年夏の間だけ山開きしているものから、保存のため立ち入り禁止のスポットも存在しますが、いつでも自由に登頂可能な富士塚も多いです。

江戸庶民にとって、憧れの存在で、各地域の人たちに愛され、親しまれてきた富士塚、
敬虔な修行の心で登ってみるのがオススメです。

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